インドの現在について少しメモ

http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMITzp000001102009
を読みました。

 インドについて情報発信が増えることは歓迎されるべきだと思いますし、体験談も参考になります。他方、注意して裏付けを取るべきと思われる表現が沢山あり、意図と離れて新たな誤解を招く懸念も感じました。ここでは、少しだけ関連情報をメモしておきます。

 最初に、些細な点ですが、南インドの主食が米なのはそのとおりですが、日本にインド料理店があるように、南インドの都市にも北インド料理店はありますから、食べに行く余裕があればナーンも食べることは可能です。

 言語についても、南インドはドラヴィダ語圏でヒンディー語話者は少ないですが、特にヒンディー語への反発が強いタミルナードゥ州だけ紹介することは誤解のもとになりえます。インドの多言語状況については以下に簡単に整理されています(アーンドラ・プラデーシュ州とカルナータカ州には、ヒンディー/ウルドゥー語の話者が結構な規模で存在します)。

http://www.aa.tufs.ac.jp/~tagengo/india.html
http://www.aa.tufs.ac.jp/~tagengo/india-census.html

 ソニア・ガーンディーの宗教については、BBCによれば、2004年時点でカトリックと読み取れる書き方をしています。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/3546851.stm

 複数の「夫人」がいるタミルナードゥ州首相の複数の「夫人」についても、以下の報道を見る限りでは、ムスリムになったということは確かめられません。

ミルナードゥ州では本宅とは別に妾宅を構えることが、一般に認められ、尊敬される社会的事象だ。

出所:1996年10月30日の『アウトルック』(実例として州首相に言及、ムスリム的名前ではありません)http://www.outlookindia.com/article.aspx?202433

http://timesofindia.indiatimes.com/Life/All-in-the-family/articleshow/4168540.cms

 経済についてもパールシー(ゾロアスター教徒)やジャイナ教徒が人口比に比べて存在感が大きいことは確かですが、ヒンドゥー教徒が「目立たない」も誤解のもとになりえます(ビールラーはターターと並んで言及されることの沢山ある財閥です)。

 「イスラムの経済力」も、インド全体では、ムスリムは社会経済的に下層の側です。

近藤則夫「インドにおけるムスリムと他のコミュニティの社会的格差について―近年の研究動向と政策」平島成望・小田尚也編 『包括的成長へのアプローチ―インドの挑戦』アジア経済研究所
http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Report/pdf/2008_0106_ch6.pdf

 宗派対立については、外国人にとって日常生活で感じられないことは普通でしょうが、昨年のオリッサ州のキリスト教徒襲撃のように、ヒンドゥームスリム間以外でも宗派対立はありますし、社会的な大きな課題として残されています。暴力の問題は宗教に限定されない大きな問題でもあります。

http://www.thehindu.com/2009/07/24/stories/2009072452450300.htm

 インドは世俗主義を国是としていますが、前回の記事で少し言及したように、ヒンドゥー教右派の影響力は無視できません。

近藤則夫「インドにおける現代のヒンドゥーナショナリズムと民主主義―研究レビュー」近藤則夫編『インド民主主義体制のゆくえ―多党化と経済成長の時代における安定性と限界』アジア経済研究所
http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Report/pdf/2007_01_06_06.pdf

 最後に、元の記事に対応して宗教について沢山言及しましたが、ある問題について宗教が持つ意味の大きさについては、個別に慎重に検討されなければならないと思います。


(追記)チェンナイの旧名マドラスの語源については、以下の19世紀の辞典の項目に「英国の靴メーカー」という説はありません。

http://dsal.uchicago.edu/cgi-bin/philologic/getobject.pl?c.1:1:447.hobson

(追記)『アウトルック』の引用を追記しました。